はじめに
VR(Virtual Reality)の研究では、しばしば
- Presence(存在感)
- Immersion(没入感)
という二つの概念が登場します。
現在ではこれらはXR研究における重要なキーワードとなっていますが、その意味や位置づけは研究の進展とともに変化してきました。
本記事では、PresenceとImmersionという概念がどのように誕生し、どのように発展してきたのかを振り返ります。
学習目標
本記事を読むことで、
- PresenceとImmersionの違い
- それぞれの概念が誕生した背景
- 主要研究者の考え方
- 現代XR研究における位置づけ
を説明できるようになることを目標とします。
1. 1980年代:VR研究の始まり
1980年代後半になると、ヘッドマウントディスプレイやデータグローブを用いた研究が活発になりました。
当時の研究者たちの関心は、
「どのようなシステムがVirtual Realityと呼べるのか」
という点にありました。
この時代はまだPresenceやImmersionという用語が明確に整理されていたわけではありません。
研究の中心は、
- 視覚提示
- 立体視
- 頭部追跡
- インタラクション
などの技術的要素でした。
2. 1990年代前半:Immersionという考え方
1992年、Jonathan Steuerは
“Defining Virtual Reality: Dimensions Determining Telepresence”
を発表しました。
SteuerはVRを装置ではなく体験として捉えるべきだと主張しました。
彼はVR体験を決定する要素として、
- Vividness(情報の豊かさ)
- Interactivity(相互作用性)
を提示しました。
この考え方は後のImmersion研究へ大きな影響を与えました。
3. Presence研究の登場
同じ頃から、
「なぜ人は仮想空間を現実のように感じるのか」
という研究が始まります。
ここで登場した概念がPresenceです。
Presenceは一般に
「そこにいると感じる主観的感覚」
と説明されます。
英語では
“Sense of Being There”
という表現がよく用いられます。
つまりPresenceはシステム性能ではなく、人間側の心理状態を表しています。
4. Sheridanの貢献
Thomas Sheridanは1992年の研究で、
VR体験を成立させる要因として
- 感覚情報の豊かさ
- 環境制御能力
- システムの自律性
などを挙げました。
SheridanはVRを工学的視点と心理学的視点の両方から分析しようとした先駆的研究者でした。
この頃から、
「システム性能」と
「人間の体験」
を区別して考える流れが生まれます。
5. 1997年:SlaterとWilburによる整理
PresenceとImmersionの研究史において最も重要な出来事の一つが、
Mel SlaterとSylvia Wilburによる1997年の論文です。
彼らは、
ImmersionとPresenceを明確に区別すべき
と主張しました。
Immersion
Immersionはシステム側の客観的特性である。
例えば、
- 視野角
- 解像度
- フレームレート
- 立体視
- トラッキング性能
などによって決まる。
Presence
Presenceは利用者側の主観的体験である。
つまり、
- システム性能が高い
- 必ずPresenceが高い
とは限らない。
という考え方です。
この整理は現在でも広く引用されています。
6. 2000年代:Presence測定研究
2000年代になると、
「Presenceをどう測るか」
が重要な研究テーマになります。
代表的なものとして、
- Presence Questionnaire (PQ)
- ITC-SOPI
- SUS (Slater-Usoh-Steed)
などの質問紙が開発されました。
この時代には、
Presenceを心理学的に定量評価しようとする研究が盛んになります。
7. 2000年代後半:身体所有感研究
2007年には有名な
Rubber Hand Illusion
研究がVR分野でも注目されるようになります。
さらに、
2009年頃には
Virtual Body Ownership
研究が進展します。
ここで研究者たちは、
Presenceだけではなく
- Body Ownership
- Agency
といった概念を扱うようになります。
Body Ownership
これは
「この身体は自分のものだ」
という感覚です。
Agency
これは
「自分が行動を起こしている」
という感覚です。
Presence研究は単なる「そこにいる感覚」から、
身体性を含む研究へと発展していきました。
8. 2010年代:Consumer VR時代
2010年代になると、
- Oculus Rift
- HTC Vive
- PlayStation VR
が登場します。
VRが研究室から一般市場へ広がりました。
この時代には、
PresenceとImmersionの研究対象も拡大します。
研究テーマは
- 教育
- 医療
- リハビリテーション
- 遠隔協調
- エンターテインメント
へ広がりました。
9. 現代の理解
現在では、
Immersionはシステムの特性
Presenceは心理的体験
として区別する考え方が一般的です。
Immersion
システムが提供する客観的条件
例:
- 視野角
- 解像度
- トラッキング
- 空間音響
Presence
利用者が感じる主観的体験
例:
- 本当にそこにいる感覚
- 仮想空間への実在感
つまり、
Immersionは原因
Presenceは結果
として理解することができます。
ただし両者の関係は単純ではなく、
高いImmersionが必ず高いPresenceを生むわけではありません。
10. XR研究の現在地
近年の研究では、
PresenceとImmersionに加えて
- Body Ownership
- Agency
- Social Presence
- Co-Presence
- Embodiment
などの概念も重要になっています。
XR体験は単なる映像体験ではなく、
「人間がどのように世界や身体を認識するか」
という認知科学・心理学の問題として研究されています。
まとめ
PresenceとImmersionはVR研究の発展とともに生まれた重要な概念である。
研究史を振り返ると、
- VR技術の研究
- Immersionの研究
- Presenceの研究
- PresenceとImmersionの区別
- 身体性研究への発展
という流れを見ることができる。
現在のXR研究では、
Immersionはシステム側の特性、
Presenceは利用者側の体験
として理解されることが一般的であり、この区別はXR体験を理解する上で重要な基礎となっている。
