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VR・AR機器の臨場感向上へのアプローチ その5 – 嗅覚と体感系



前回
は臨場感向上へのアプローチの第4回として、 手での操作、足での操作に着目しました。手足への触覚刺激による空間要素の提示や、必要に応じて特殊デバイスを介して実現される身体感覚、自己運動感覚、相互作用感覚といった身体要素の提示によって、臨場感の向上が期待できることが理解できたと思います。 また、目の反射作用や錯覚現象にも触れ、その瞬間を狙ってバーチャル空間の微動を行うRedirectionについても理解を深めました。

最終回の今回は、 嗅覚その他の体感系に焦点をあて、臨場感向上へのアプローチについて考えていきます。それではさっそく始めましょう !

はじめに~体感VR

嗅覚に行く前に、VR元年以前から比較的メジャーな体感VRに触れておきたいと思います。

第3回で前庭刺激について勉強しました。この前庭刺激を駆使して、さまざまな姿勢や加速度感をリアルタイムにレスポンス良く(すなわち視覚刺激に合わせてタイミング良く)提示できたらとても面白いことになるのかも知れません。しかしながら、いくら微量の電流でも電気を流すというのは抵抗がある人も少なくないと思いますし、比較的穏やかで時定数が緩やかな刺激の提示に留まると考えられます。

そうなるとやはり楽しいのは、VRのシーンに合わせて姿勢を変えたり強い加速度感を与えられる体感系ですね。


そんな体感VRのはしりともいえるハシラスさんの講演動画がありますので、見てみましょう。研究用途から商用施設向けまで幅広い体感系VRシステムを制作しているハシラスさんならではの視点やソフトウェア開発のエッセンスを知ることができます。

個人的にも開発拠点でデモを体験させて頂いたことがありますが、それこそ手動の原始的なものから大規模メカシステムまでいろいろなプロトタイプをされていて、湧き出てくるアイディアを次から次へと形にしている印象を受けました。

そして楽しい。やはりこれが一番ですね。

ロケーションベースVR


体感系VRの商用施設もいろいろありますが、ここではGalaxy Studioを引用させて頂きました。Gear VRのプラットフォーマーであるSamsungさんはこの領域に大変力を入れてきました。ジェットコースター系はVR元年以前のゲームショーにも出展されていましたが、今は身体が逆さまになるものなど様々なバリエーションがあり、原宿のスタジオで体験することができます。

Samsungさんのデモ全般に言えることですが、動画の中でも展示員が体感のしかけをマニュアルで付加していますよね。特にサーフィンは、シーンを案内しながらボードに振動や傾斜を与えて、体験している人はもちろんのこと見ている人も楽しませる工夫があり、感心するものがあります。

アマナさんのVRチームが書かれた VR for Business という本がありますが、その本の中でVRのデモの回転の悪さをあげています。特にOutside-In方式の機器を用いた場合ある程度のスペースを確保する必要があり、結果同時に試遊できる人数が限られるからです。またVR機器の装着などに展示員のサポートは不可欠なため、試遊者数に対して展示員数が多く必要になり、逆に試遊中は展示員が暇になってしまうという問題をあげていますが、このアトラクションはその問題をうまく解決していると言えますね。

嗅覚

さて、ここからは少しニッチな世界に入っていきますが、鼻からの知覚です。視覚、聴覚、前庭感覚、触覚と比べると学術的にもマイナーな領域にはなりますが、精神的な作用が大きいと言われている嗅覚に触れます。

日本デオドールさんの記事「においのメカニズム」に、嗅覚のしくみ、嗅覚の順応性、感性への作用性などについて、コンパクトかつ明解にまとめられていますので、是非目を通してみてください。まとめると以下のようになるかと思います。

においの知覚

鼻からにおい物質が入ると、鼻腔の上部にある嗅上皮(いわゆる粘膜)に溶け込み、それを検知した嗅細胞が電気信号を発生し、嗅神経、嗅球、脳(大脳辺縁系)へと電気信号を伝達しにおいが知覚される。

嗅毛にはにおいを検知する嗅覚受容体、いわゆるにおいセンサーがあり、一つのにおい分子に対していくつかの嗅覚受容体が鍵と鍵穴が合うように反応しにおいを知覚する。

ヒトは約400種類の嗅覚受容体を持つといわれ、その組み合わせは膨大数あり、結果数十万数百万種類あるといわれるにおい物質を嗅ぎ分けることができる。

嗅覚の順応性

疲労性とも言われるが、同じにおいをしばらく嗅いでいるとそのにおいを感じなくなってしまう性質のこと。

感性への作用性

これは、視覚、聴覚、触覚、味覚と言った知覚は、視床・大脳新皮質などを経てから大脳辺縁系に情報が伝わる(すなわち先に理性的に理解する)のに対し、嗅覚ではにおいの情報が大脳辺縁系の扁桃体や海馬といった本能行動や感情・記憶を司る部分に直接伝わるため。

一度イヤなにおいと感じると、そのにおいを理屈を抜きに嫌いになってしまったり、あるにおいで昔の出来事を思い出したり、においが感性にひびくのはそのため。


こちらの動画も嗅覚のしくみだけでなくにおいの効果にも言及しており、臨場感向上の視点で勉強になりますので見てみましょう。

第1回でやった臨場感の構成要素と要因の図を思い出してください。内的要因として、過去の経験・学習、記憶情報からの連想というのがありました。嗅覚が感性に作用するのだとすれば、VR体験の臨場感向上に対して特別なポテンシャルを持つ可能性があると言えます。

しかし嗅覚だけが違う経路を持つというのは興味深いですね。これは、嗅覚が食物にありつくためにもまた天敵を検知し危険から逃れるためにもとても重要であること、つまり生命維持に直結する事実と密接に繋がっているのでしょうね。

嗅覚ディスプレイ

嗅覚ディスプレイとは、複数の匂いをユーザに提示する装置のことです。

におい提示システムとして多く見かけるのは、コーヒーの香りなど特定のにおいのカセットを付け替えるタイプのものですね。商用品がいくつも出ています。


これはFeelreal社のSensory Maskですが、Multisensoryとうたうだけあって、なかなかの高機能です。9種類のにおいが提示でき、ファンがついていてしかも風の温度が変えられ、さらにミストも出てきて振動までします。この手の機能は体験しないとなかなかわかりにくいですが、映像に合わせてこれらの機能を効果的に使えば、結構な臨場感が得られそうな気はしますね。

一方汎用の嗅覚ディスプレイもあって、ベースとなる10種類の要素臭を任意の比率で混ぜ合わせて調合し、さまざまな種類の香りを発生させるものです。

東京工業大学の中本先生はこの領域のオーソリティーですが、嗅覚ディスプレイやそのアプリケーションについて研究開発されています。Wearable嗅覚ディスプレイは振動によって香料を霧にして噴霧するものですが、汎用嗅覚ディスプレイのエッセンスが詰まっていますので、是非記事に目を通してください。

個人的にも数年前のVR学会で中本研のデモを体験したのですが、それは火災現場を再現して煙のにおいの強弱から火災元にたどり着かせるデモでした。展示員の方とも会話しましたが、においの切り替え時のにおい残りの軽減テクニックには工夫があるそうです。装置はポンプを用いた大規模なものでしたので駆動音などは気になりましたが、災害の再現とにおいの強弱に焦点をあてた、大学の研究らしいアカデミックな内容でした。

やはり嗅覚をエンタテインメント化するならば、食品系かアロマ系が王道ですよね。こちらはVAQSO VRで、5種類のにおいカセットを同時に装着できるものです。


これを見ても、嗅覚には他の知覚にはない反応を起こす力があることを感じますね。1, 2種類のにおいで勝負すればにおい残りもそれほど気にならないでしょうし、コーヒーとかローズの香りは精神作用も大きいように思うので、嗅覚ディスプレイは、特定の用途にはとても大きい効果が期待できる技術だと思います。

その他の技術や発想

ここからは番外編になりますが、3種類ほど紹介させて頂きたいと思います。

ペルチェ素子

まずペルチェ素子ですが、これは温度を変えられる熱電素子です。ある方向に電流を流すと素子の片面の温度が下がり、もう一方の面の温度が上がります。電流の向きを変えると冷却面と加熱面が入れ替わります。


以前World Hapticsという学会で、VRヘッドセットの顔に接する側にペルチェ素子が埋め込まれた機器によるデモを体験したことがあるのですが、たしか雨が顔にあたることを表現したデモでした。それ自体は比較的地味な印象でしたが、素子の温度変化のダイナミックレンジが広く、かつ時間応答性がよいことから、ゲーム内で銃で撃たれたときに一瞬熱くするなど、効果的な使い方のポテンシャルを感じました。

ペルチェ素子を用いた研究は幅広く行われており、手首や腕に装着するタイプや、首に装着するタイプなどあり、さまざまな用途への提案がなされています。

宇宙体感系

次に紹介するのは、宇宙体感系と書きましたが、要は地球上とは違う重力を感じるシステムということです。以前VR学会でこの発表を最初に見た時、重力が少ない世界の再現という、自分の想像の範囲外の提案にとても新鮮な印象を持ったことを覚えています。ある意味とてもシンプルな発想ですが、VRの世界の懐の広さを感じましたね。

マルチモーダル

要はさまざまな技術の融合ということですね。これは、VRの流行に乗ってJALが作ったハワイの休日体験システムの動画です。手が硬かったり、メカメカしい音がしたりというのはありますが、VRで体感系のシステムを作るということは、現時点ではこういうことなのだという象徴的なデモだと思いました。


体感系のVRは、出来はどうあれ作るのも体験するのも楽しい世界です。

おわりに

以上今回は嗅覚と体感系VRシステムに焦点をあて、臨場感向上について勉強しました。嗅覚ディスプレイはあまりメジャーではありませんが、嗅覚は他の知覚にはない感性への作用性が強く、 特定の用途にはとても大きい効果が期待できる技術だと考えられます。そして体感VRは楽しいので、皆さんも是非一度は体験してみて欲しいです。

さて、全5回と長くなってしまいましたが、臨場感向上へのアプローチ、いかがでしたか ?

視覚、聴覚、前庭感覚、手での操作、足での操作、体感系、嗅覚と、比較的幅広くカバーしたつもりですが、深く知れば知るほど、 第1回でやった臨場感の構成要素と要因の図の完成度の高さを感じざるを得ません。

臨場感は、空間要素、時間要素、身体要素の3つの構成要素からなり、空間要素は立体感・質感・包囲感、時間要素は動感・因果感・同時感、身体要素は自己存在感・インタラクティブ感・情感から構成され、これらは各感覚器で統合的に感受する外的要因と、過去の経験や記憶などから想起される内的要因が作用した結果生まれる感覚であるというものでした。非常にわかりやすく、そして納得が行く内容ですね。

次回はどのテーマの勉強をしようかまだ決めていませんが、厳選してお届けしますのでお楽しみに !


   
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