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VR・AR機器の臨場感向上へのアプローチ その4 – 手での操作 足での操作



前回
は臨場感向上へのアプローチの第3回として、耳の知覚すなわち聴覚そしてVRにとってとても重要な前庭感覚について勉強しながら、臨場感向上へのアプローチについてさらに理解を深めていきました。

第4回の今回は、手での操作、足での操作に焦点をあて、臨場感向上へのアプローチについて考えていきます。それでは始めましょう !

はじめに~手での操作

視覚、聴覚の次に来るのが手での操作感だと思います。特にVRゲームでよくあるオブジェクトを頻繁に掴んだり操作するようなタイトルでは、自然な操作感が大変重要です。スティックと二つのトリガーには近接センサーが装備され、親指、人差し指、中指のかかり具合も検出できるOculus TouchやVive Cosmos Controllerはその点が追究されたものと言えます。摘まむ、掴む、握る、投げると言った操作を直感的に行え、また振動機能もあります。ボタン操作と融合することによって、大変バランスの取れた操作感が得られます。


それに対して、さらにフリーハンドな操作感を追求したのが、KnucklesやEteeです。近接センサーにより5本指全てのかかり具合だけでなく指の折り曲げ具合まで検出でき、その上感圧センサーにより握り具合(強弱)まで取れるため、より自然な投げる操作など多彩な表現が可能になっています。また振動機能もあるので、フィードバック感も得られます。


これに対して何も持たないハンドトラッキングもかなり使い物になるレベルに達しつつあります。ヘッドセット前面にカメラが搭載された Inside-Out方式との相性は良く、デバイスがなくても精度よく操作できるのであればメリットは大きいです。ハプティックフィードバックがないと空を切る感じになってしまうため、映像や音による反応表現(クリック表現など)が重要になります。

手への触覚ディスプレイ

フィードバックの重要性にも触れたところで、次に手への触覚提示について触れて行きます。やはり主流はモーターによる振動機能でしょう。ゲームコントローラーでも十分な実績がありますね。それ以外にも、音による振動をはじめさまざまな手法が研究されていますので、いくつか紹介したいと思います。

まずVRやハプティック系の学会やショーでよく見かけるのは超音波系ですね。非接触で空気振動のようなものを感じられる唯一の(と言い切って良いかわかりませんが)手段です。最近は遠隔コミュニケーションと抱き合わせで臨場感を上げるものとしてデモされることも多くなってきました。実際体験してみると、バブルが手のひらの上でポコポコと弾けるような感覚があります。


学会だと電気刺激系のデモも見かけます。円筒形の電極を握ったり、指先で平面電極に触れることによって刺激を与えます。体験してみると、やはり電気ということで痛いに通じる感覚ではあるのですが、手軽に強い刺激を与えることができる技術ではあります。ただし健康面安全面の懸念は付きまといますし、消費電流も小さくありません。


こちらのUnlimited Handは東大発ベンチャーですが、腕に電流を流して手先の接触感覚を提示したり、筋電センサーによって筋肉の動きを検出して手のジェスチャー認識を行うものです。今のところまだ発展途上のようですが、うまく機能するのであれば、例えば先ほどのハンドトラッキングとの相性は悪くないと思われます。

ここまで汎用性がなくても、例えば人差し指の先へのクリック感親指と人差し指での摘まみ感だけでもフリーハンド操作に対しては効果的と思われ、広範囲に研究されています。

一方ガンやハンドルのような特殊コントローラーは旧来からTVゲームでもてはやされてきましたが、VRではトレーニング用コンテンツも多く、それ用の特殊な環境デバイスも見受けられます。例えば航空系や鉄道系だとコックピットや運転ルームをそのまま再現するようなデバイスであったり、スプレーの試し塗りのための疑似スプレー缶なんていうのもあるようです。


VRでは3Dオブジェクトに直接触れたり動かしたりする機会が多いですので、このような操作感の向上は直接的に臨場感の向上につながります。逆に言うと、操作性の悪い状況は臨場感をひどく損なうことになるので、注意が必要です。

歩く走る

次は足での操作です。VRでは酔いや安全性の面からもあまり広範囲に歩き回ったり走り回ったりすることはありません(一部のロケーションベースVRを除く)が、一方で臨場感向上の視点では足踏みによるバーチャル空間内の移動は効果的と考えられ、いくつかの手法がありますので触れておきます。主に運動感覚の再現とそれに付随する触覚提示による臨場感向上へのアプローチになります。


まずトレッドミルですが、フロアー部分がローラー構造になっていたり、あるいは靴の裏側がローラー構造になっていて、身体自体は移動せずにその場で歩いたり走ったりすることができるロコモーションデバイスです。VR元年以前からすでにゲームショーなどで複数のベンチャーがデモを競い合っていたいわばとてもメジャーなデバイスです。体感VR向けの商用のものが多く見られます。

重心動揺とVR酔いは密接に関係があるので、特に激しい歩行や走行には注意が必要ですが、どれも身体を支えるしくみがしっかりしていることがわかります。フロアー部分の傾斜が変化したり、ハプティック機能を持つものもあります。

一方商用のものは見かけませんが、研究レベルでは多くの論文が見られるのがステッパータイプのものです。歩いている感は提示できるとは思いますが、やはり重心動揺が心配なので手すり前提のものがほとんどです。2台のStewart Platformを用いたシミュレーターは、あらゆる角度の斜面を表現できるので、リハビリ用途などにはとても有用な可能性がありますね。トレッドミルと比較すると自由度は低いと言えますが、特定の用途には効果的な可能性があります。

最後がシューズです。足の裏に地面のテクスチャー感を提示するタイプのものや、トレッドミルのパッシブ版のようなコントローラータイプのものなどがあります。


自身の研究でも足裏に地面の素材感を与えるコントローラーデバイスを作り、街中を歩き回るようなアプリを作って酔いレベルとPresenceレベルを評価しましたが、正直足裏は危険と感じました。立位で少しでも不安定感を感じるとすぐに重心動揺からVR酔いに繋がります。もちろん個人差はありますが、それほど大きな不安定感でなくとも、歩いているうちに顔の周りが火照ってきて気持ち悪くなってしまうことが容易に起こってしまうので注意が必要です。立位前提のシューズならば、どんなことがあっても倒れない安定感が必要だと思います。

リダイレクション

さて、臨場感向上とは直接結び付きにくいかも知れませんが、歩き関連ネタとして差し込ませて頂きます。VR特有のトピックとしてRedirectionと言われる技術があります。Redirected Walkingとも言います。

これは狭い空間をできるだけ広く感じさせるためのいわばチーティング技術です。わかりやすい例で言うと、VR空間ではまっすぐ歩いているが実空間では円形に歩いている、というものですね。

通常はもっと複雑なシーンの中でプレイヤーは移動しながらそしてあちらこちらを見ながら何かを探したりしているわけですから、そういった複雑な視覚変化の中で、バーチャル空間を実空間とは微妙に異なる形で動かす(例えば80度の実空間でのターンを90度のバーチャル空間でのターンに見せるなど)ことによって実現します。


よりプレイヤーに気付きにくくするために、Visual SuppressionSaccadeと言われる目の反射運動と同期して動かすなど、学術的な研究が進んでいるエリアでもあります。

Visual Suppressionは、例えば交差点で左右を確認するような動作において、頭を高速に動かしているときは視覚映像がぼやけるので、その状態を避けるために下を見たり瞬きをしたりする反射的動作のことです。Succadeは頭を動かさずに視点だけを変えるときの高速眼球運動のことで、その高速瞬間移動中は視覚映像がぶれるので、脳内でぶれを認識しないようにするSuccade Suppressionが働くことが知られています。

つまりどちらも視覚刺激を無視するように作用するので、そのときを狙って実空間とバーチャル空間を少しずらすというわけです。

実際HMDを被って何かコンテンツをプレイするともう実世界での正面がどこだったかなんてわからなくなり、HMDを外したときに「こっちに向いてたのかー」なんていうのは当たり前ですから、リアルとバーチャルの座標をずらすことは簡単にできるとは思います。でも、作為的にやると何故かわかりますね。チーティングの瞬間は隠せても、空間認識はできているので、そこに違和感が発生しない程度にわずかに動かす必要があります。

特に円形歩行のように、同じ方向ばかりに寄せられると姿勢も自然ではなくなるので、変に背中が凝ったり腰が痛くなったりしてとても臨場感が損なわれます。ですから、首を左右に振ったときにうまく散らして少しずつずらすのが一番気付きにくくて自然かも知れません。

目の反射作用以外にも、Change Blindness Illusionのような錯覚現象も学術的に注目されているエリアですので、是非知っておきましょう。

おわりに

ということで、今回も長くなってきてしまったのでここまでとします。

今回は臨場感向上へのアプローチとして手での操作、足での操作に着目しました。手足への触覚刺激による空間要素の提示や、必要に応じて特殊デバイスを介して実現される身体感覚、自己運動感覚、相互作用感覚といった身体要素の提示によって、臨場感の向上が期待できることが理解できたと思います。

また、Redirected Walkingにも触れましたが、目の反射作用を利用して狭い実空間から広いバーチャル空間を作り出すテクニックは興味深かったですね。ゆっくりした視覚変化に気付きにくいアハ現象や、動きの中での変化に気付きにくいChange Blindness Illusionのような錯覚現象も面白いですから、興味があったら調べてみましょう !

超音波によるデモシステムはハプティックやVR系の学会でよくデモされています。またトレッドミルはゲームショーによく展示されています。とにかく体感系は体験してナンボの世界ですから、見かけたら積極的に体験してみましょう !

次回こそ臨場感向上の最終回の予定ですが、嗅覚その他の体感系について深堀りして行きます。お楽しみに !


   
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